今回は「南大隅町の顔」ともいえる雄川を遡るようにハイクしてみよう。古代メソポタミアの時代から、万物の源でもある水の流れが人の暮らしと文化を発展させてきた道理は、遠く離れた現代の南大隅町でも変わらないと思ったのだ。ただし、歩くだけでは少しもどかしい距離になる。そこで「自転車も散歩の一部」と捉えることにした。なにせ南大隅町は「自転車のまち」でもあるのだから。
ネッピー館


レンタサイクルを求めて根占港近くの『ネッピー館』へ。ホテルのフロントで申込書手続きするが、会員登録不要の手軽さがうれしい。5台のうち3台は電動アシストで全て大人向けサイズだ。目指す雄川の滝入り口までの道のりはそれなりに距離とアップダウンがある。迷うことなく一番強そうな電動アシスト自転車をお借りした。
南蛮船係留の大楠


久しぶりに乗る自転車は漕いでいるだけでもう楽しい。雄川下流の『塩入橋』を渡るとこの地域のシンボルとも言える『南蛮船係留の大楠』が見えてくる。町指定文化財で推定樹齢は1,000年を超えるらしい。その昔、雄川河口が唐や南蛮船が出入りする貿易港だった頃、船がこの大楠に網をかけてつなぎ留めていたことが名前の由来だとか。
根占のカルチャーエリア、神山地区へ



信号を渡って大楠を背に神山小学校前の道へ。この周辺は江戸時代には『麓(ふもと)』と呼ばれる武家屋敷や地頭仮屋と呼ばれる行政の機関があったそうだ。通りには特徴ある石垣などわずかだが当時の佇まいを伝えている。また神山小学校は南大隅町出身で世界的絵本作家『八島太郎』の作品『からすたろう』の舞台でもあり、この地域の文化や歴史が強く感じられる場所だ。
少し話は逸れるが、この町を何度か旅してゴミのポイ捨てを見かけない。町全体が手入れされていてなんだか嬉しくなる。
若宮神社



鳥居からまっすぐ伸びる石段の参道に惹かれて少し寄り道。参道の入口の石の仁王像がまるまるとした姿でなんとも可愛らしい。若宮神社はこの地域の守り神のようだ。守り神と言われてピンと来ない信仰意識の希薄さを恥つつ、少し調べてみることに。守り神とは日々の暮らしと地域の精神的な支柱としてアイデンティティを守ってくれる神様らしい。地元の神社がふと思い浮かび、ようやく腹に落ちた。この旅から帰ったらそちらにも参拝する予定を考えつつ、お門違いかもしれないが御祭神の寛容さを信じて「道中の安全」を祈願した。
自転車でぶらりと走るのはもちろん、その街の物語に出会い歴史を学びながら巡る旅も楽しいものだ。
雄川橋


東へ進み『雄川橋』へ。橋からは見事な三角錐の辻岳とテーブルマウンテンのような城内坂を一望できる。素通りするのは勿体無い場所だ。前を向くとまっすぐに伸びる参道の奥に赤い双子鳥居が見えてきた。
諏訪神社

縁結び、子宝、夫婦円満などのご利益で知られている諏訪神社へ。特徴的な並列鳥居と海に向かってまっすぐに伸びる参道など印象的でフォトジェニックなスポットだ。
ちょうどイチョウが綺麗な季節で、町の人から「日常の中で四季を感じさせてくれる場所でもあるんです」と話してもらったことを思い出した。いくつになっても季節の変化を感じると新しい気持ちになれる。日常を離れた旅先ではなおさらだ。


牧歌的な田園風景



諏訪神社から住宅地を離れるように東へ向かう。平野部には昔ながらの牧歌的な田園風景が広がる。何気ないが、自然と人が調和した暮らしが今もなお営まれている日本の原風景だ。
卓状台地に囲まれた独特の地形は、太古の阿多カルデラの火山活動により堆積した溶結凝灰岩が大地化したものらしい。雄川の滝でも見られるような迫力あるゴツゴツとした荒々しい岩肌が印象的だ。そして辻岳はどこから眺めても美しい。その山容から地元では「根占(ねじめ)富士」とも呼ばれ親しまれている。景色を楽しみつつペダルを漕いでいると、忙しない日常が遠くに思えてきた。


雄川渓谷





滝が近くなると、いよいよ雄川と並走する渓谷の道に変わる。Googleストリートビューも未開の道だ。地域の生活道路でもあり車では離合が難しい幅員なので、ゆっくり進もう。
この周辺にはかつては集落があったらしく、用水路や野石を積み上げたようなその面影が今も残っている。また道中にある『南川内橋』の上からは城の石垣のような古い石積護岸が見られた。この橋を渡った先にあった集落は、前述の絵本『八島太郎作:からすたろう』の主人公の故郷だ。
水源豊かな場所らしく南川内橋を越えたあたりから湧き水が点在していて、道沿いだけでなく見上げた渓谷の断崖からもあちらこちらで湧いていた。かつての住人は、きっとマイナスイオンを浴びながら生活していたに違いない(冗談のようだが、あながちあり得ない話でもないと思う)。

本日の終点は雄川の滝遊歩道入り口

少し急な坂に苦戦しつつ、雄川の滝遊歩道入り口に無事到着。ここから雄川の滝まで遊歩道を徒歩で約20分だが、今日はここで終わることにしよう。思いつきだったが現代の雄川沿いにも暮らしや文化、歴史が詰まっていて南大隅町のディープな魅力を巡る良いハイクが出来たと思う。
それにしても、
雄川沿いマイナスイオン半端ないって。
おっと…。一句詠んでしまった。
<次回予告>
次回は7月1日に「ちょっと底の異世界へ。佐多の海でヴァルドアインザームカイトした話」をお届けします。